普通、我々の心臓はただしいリズムで動作している。
このリズムが遅くなってしまって、正確なリズムで動作していない状態を不整脈と云う。
インターネットでは、こういった具合に悲しい状況の中、自身のように辛い思いを誰にもさせたくないと、
AEDの重要度を訴えているホームページがいくつも有った。
皆さんが一様に「自身に出きる事は何だったのか?何もしてやれなかったのか?」と当時を振り返り、回想されている。
どうして愛する家族を失わなければならなかったのか、その原因は何だったのかを知りたくなるのは、当然の事だろう。
そして、心ストップ状態には
AEDがあれば助かるかも知れない事、どれほど健康でも心ストップに成る可能性はある事を気付く事に成るのである。
現状、日本では年間、数万人もの方が心臓病で突如死しているのだそうである。
救急車が駆けつけてから、
AEDによる治療をしていては、助かる命も助からない・・・・・・
止まりかけた心臓は早ければ早いほど、回復する可能性が高いと云われている。
であるから、救急車をよんでいる間に居合わせた人達で、
AEDによる対処が施せたらもっと相当の命を救えるのじゃないだろうか?との、理由から一般人の使用が法律で認められたのである。
しかしながら、人命救助をしようとしたと云うその行為を感謝される事はあっても、助からなかった事を責められるような事は、あってはいけない。
何の医療知識もない一般市民が「助けたい」と一心に人命救助をしたのであるから、ご家族の方にも把握出きていただけるはずである。
結果よりも、実践しようとした方の勇気は尊敬に値するのじゃないだろうか。
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